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シャンゼリゼ通り L'Avenue des Champs-Elysees

 

シャンゼリゼ通り
マロニエ(マロンの木)の並木道となっていて、東はオベリスクのあるコンコルド広場から、西は凱旋門のあるシャルル・ド・ゴール広場(旧エトワール広場)まで全長1880mで、パリの観光スポットとなっている。

 

シャンゼリゼ通りを散策する場合は、シャルル・ド・ゴール広場(旧エトワール広場)からコンコルド広場に向かって歩くと、下り坂になっているので、楽です。

 

野原と沼地を17世紀に、ヴェルサイユ宮殿の庭園なども手がけた庭園師ル・ノートル(Le Notre)によって都市計画がなされた。
18世紀に「シャンゼリゼ」と命名された。
ギリシャ神話の楽園から命名した「エリゼの野」、日本風に言うと「極楽浄土通り」または「極楽通り」ということになる。 

 

18世紀末の頃にはシャンゼリゼは流行の通りになっていた。両側の植え込みは正式の長方形の緑地帯をなすほど茂っていた。
シャンゼリゼ通りに面して、フランス大統領官邸であるエリゼ宮(le palais de l'Elysee)がある。建物の前面の半円型の部分がロンポワンの北端となっている。

 

王妃マリー・アントワネットは友人達とここを流し、ルイ15世広場にある堂々たるホテル・ドゥ・クリヨン(Hotel de Crillon)で音楽の授業を受けた。
ロンポワンからエトワール広場への通りは第一帝政時代に建設された。
シャンゼリゼそのものは1828年に正式に市の資産となり、歩道、泉、ガス灯などが作られた。

 

ナチス・ドイツの侵略時代には、ドイツ軍が木陰を行進したいがために街路樹の数を倍にしたと言われた。
最近では1993年に側道部分が拡幅されるなど、何年もの間この大通りは様々な経緯変遷を経てきた。

 

賃借料が高額なため、シャンゼリゼにはほとんど誰も住んでいない。
建物の高層階は事務所となるケースが多い。
日当たりがいいため、特に通りの北側の賃借料が極めて高い。

 

シャンゼリゼの壮大な建築は多くの人々に賞賛されている。
大統領官邸(エリゼ宮殿)のすぐ隣にあり、すぐ横には1900年に建てられたグラン・パレとその門がある。

 

毎年7月14日パリ祭(カトルズ・ジュイエ、バスティーユ・デイ)の午前中には、大統領も謁見する、ヨーロッパ最大の軍隊パレードがシャンゼリゼで開かれる。
凱旋門の上を戦闘機が三色旗(トリコロール)の煙を吐きながら頭上を飛び去り、戦車や軍人、理工科大学校(エコール・ポリテクニック)の学生もパレードする。※エコール・ポリテクニック(Ecole polytechnique)は、フランスの理工系エリート養成のための高等教育機関で、グランゼコールのひとつ。1794年開校。ナポレオンが学生を自分の支配下に置くために軍の所属にした学校で、現在も国防省が所管する。軍事教練もあり、入学時に少尉に任官され、1年生は800ユーロ、2年生から卒業までは1000ユーロ給料が支給される。5年生時は企業研修や海外留学を経験し、卒論を提出し終了する。基本的には卒業後高級官僚になる。
シャンゼリゼは1975年以降、自転車レース「ツール・ド・フランス」の最終ステージのコースおよびゴールとして使われている。
シャンゼリゼは毎年12月31日には歩行者天国となり、新年を祝うイベントが行われる。

 

 

 

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